2011年9月1日木曜日

秋ですね。

続けざまにスズキです。
卒制をやらないかんのに。
すぐに横道に、。



なんだか9月って毎年どんな気持ちだったのだろうと思います。
今年は震災・原発の問題があった(ある)のでどこかで時間が断絶しているような気がします。

なにはともかく目の前のことを見つつ、遠くのことも考えなければいけません。

最近、現代建築の概略史の本とか、クレオール(中南米やカリブ海の植民地生まれの人あるいは言語)をテーマに人種問題や広く文化の問題を取り扱っている今福龍太さんの『クレオール主義』とか澁澤龍彦の『幻想博物誌』とかを並行して読んでますが、なんだかあんまり頭に入ってきません、、。

歳をとって集中力がなくなったのか、、。なんだか問題が遠くに感じる気が。今福さんの昔の著作は好きだったのですが、この本はなんか冗長な印象が強いです。なんか「致命的」な問題がそこにない、というか。

まあ、それはおいといて、

卒制の一つのテーマでもある「風景」という問題について考えるとすぐに、認識としてのニヒリズムという問題にぶちあたります。

全てのものが均一な価値をもち、個別の差異をもたないような風景。
そしてそこに自分は介在しない。
そんな少し青臭い感じの異邦人感覚を常に持ち続けてここまできてしまいました。

そろそろ変化していかなければならないなと思います。

それはこの問題に終止符をうつというのではなくて。

歳をとりながら思うのは、
時間を経て、なにか根本的な回答が見つかるということではなくて、

問いそのものが横滑りして変わっていっていくのだなと、
最近よく思います。

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